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鹿児島地方裁判所 昭和47年(わ)19号 判決

被告人 馬渡久男

昭一九・一・三一生 店員

主文

被告人を懲役八月に処する。

未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯行に至るまでの経緯)

被告人は、昭和四六年七月八日ごろ、鹿児島市内のスナツク喫茶「グリーン・リバー」において、知人のスナツク「公園」の経営者若松某、初対面の不動産業福山貴彦(大正三年八月五日生)、鮨店営業者宮園善夫(昭和二三年五月一日生)らが、右スナツク「公園」の営業権、什器備品等につき若松某と宮園善夫間で締結した売買契約の代金支払い遅滞をめぐる話し合いをしているのを聞きつけ、宮園善夫が若松某に支払済の手付金一〇万円が流れてしまう状態になつていること、被告人がかつて既製服のセールスをしていたころの後輩山之内一路(昭和二三年一二月六日生)が宮園善夫と友人関係にあること等を知り、同所で被告人の友人田畑某が宮園に替る買手を見付けるということで心当りに連絡をとり、宮園善夫が手付流れによる損害を受けずに済む見通しが一応ついた形で一同散会したが、結果的に新たな買手を得られなかつた旨の連絡を受けた被告人がそのころ宮園善夫に慰めの意味で現金一万円を与えていた。

宮園善夫は、同年六月一〇日ごろ、若松某から前記スナツク「公園」の営業権等を一一〇万円で売る旨伝えられ同日手付金一〇万円を支払つていたものであるが、同年六月下旬ごろ、前記福山貴彦に右営業権等を一三五万円以上で買手を探して欲しい旨転売の斡旋(期限の指定はなかつた)を依頼し、三谷某が一旦は買受ける素振りを示しながら手付金援受の段階でことわる態度に出たため、若松某への代金支払いが困難となり、加えてその後間もなく三谷某が福山貴彦から他のスナツクの営業権等の売買の斡旋を受けたことを知り、福山貴彦に憤懣の情を抱くに至つた。

山之内一路は、同年七月一二日ごろ小、中学校来同級生だつた宮園善夫から前記スナツク「公園」の営業権の売買および転売の交渉経過ならびに手付金一〇万円流れ等の損害を受けた旨の話を聞かされ、その損害回復策の相談を持ちかけられ、翌七月一三日夜二人して鹿児島市内でビール等を飲み歩く間に、前記福山貴彦から転売の斡旋を怠つた損害賠償名下に金員を喝取しようと企て、翌七月一四日午前一時三〇分過ぎごろ鹿児島市下荒田町二〇四番地福山貴彦方にタクシーで乗りつけ、同人を呼び出し乗車させ、同日午前二時ごろ、鹿児島市新屋敷町九番一四号外山アパート二階二号室(被告人の内妻バーホステス東元微の居室)に赴いた。

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四六年七月一四日午前二時ごろ、右外山アパート二階二号室で就寝中、山之内一路に呼び起され、同人の頼みに応じて宮園善夫、福山貴彦の三名を居室内に入らせたが、同時刻ごろから同日午前四時ごろまでの間、右同所において、山之内一路、宮園善夫と共謀のうえ、山之内一路が、福山貴彦に対し、「おまえのおかげで宮園は二〇万円損をした。おれは宮園と長田中学時代の友達だ。宮園の損をどうしてくれる。今夜解決するためおまえを呼んだのだ。」という趣旨の怒声を発し炊事場にあつた庖丁を持ち出してきて、「兄貴(被告人のこと)済まない。どの指をつめようか。」と自己の左手の指を詰めるかのような仕草をしたり、庖丁を振りあげるようにして、「おまえ(福山のこと)を殺してやる。」と叫び、更に革バンド、手拳で福山貴彦の顔面などを殴打したり、同人を押えつけその頸部を締めつける等の暴行を加え、その間において、被告人および宮園が、福山貴彦に対し宮園善夫に五万円の金員を支払うよう要求し、福山貴彦をして右要求に応じなければどのような危害を加えられるかも知れない旨畏怖させ、よつて同人から現金五万円を喝取しようとしたが、同人が同日帰宅後警察官に右事実を届け出たため、その目的を遂げるに至らなかつた。

(証拠の標目)(略)

(被告人および弁護人の主張に対する判断)

被告人は、当公判廷において、山之内一路らとの共謀を否認し、「被告人が就寝中、山之内らが福山を連れて入り込み紛争を生じたもので、被告人はむしろ山之内の暴行をひきとめていた。福山が金員を支払うような意向を示した段階に至つて、宮園が福山に五万円を要求した際、被告人がそばで五万円位出したらどうかと口添えしたことがあつたに過ぎない。」旨主張し、弁護人も同様の観点から「本件は山之内らが被告人の居室に勝手に入り込みやつたことで、被告人は無罪である。」旨主張するので、この点についての判断を示すことにする。

被告人が本事件以前にスナツク「公園」の営業権等の売買の経緯に関しある程度の事情を知つていたことは判示のとおりであり、被告人の司法警察員に対する昭和四七年一月一三日付供述調書によれば、判示「グリーン・リバー」において、宮園善夫が福山貴彦に依頼してあつたスナツク「公園」の営業権転売斡旋がまとまらなかつたことを、被告人も聞いていたことは明らかである。

かりに福山貴彦に右転売斡旋の不成就に関し宮園善夫に対し損害賠償責任があつたものとしても、その責任の質し方には社会常識上、時間的、場所的および方法の諸点において一定の限度のあることは被告人も承知していたはずである。しかるに被告人は、二時間近く自己の居室において福山貴彦と対坐しておりながら、同人が宮園善夫に対し償いをしなければならないような不都合があつたのか否かに関する具体的な質問さえ全くしていない(被告人の当公判廷における供述参照)。

また、関係証拠によれば、

(1)  山之内一路は、被告人の居室に入つて間もなく、被告人を部屋の外に連れ出し(この点につき被告人は入口前の下駄箱付近と主張している)、「福山に金を出させたいと思うが、どうしたらよいか」との相談を持ちかけていること(証人山之内一路の当公判廷における供述参照。同人は、当公判廷において、全般的に被告人に不利益な事項に関する証言を回避する傾向を示している)。

(2)  山之内一路が福山貴彦に加えた暴行は、断続的に一時間有余に及びなされた強度のもので、その間において、被告人が山之内一路から庖丁、洋傘をとりあげ同人の暴行を制止する態度を示したことはあつたけれども、その余の同人の暴行を積極的に阻止する行動には出ておらず、同人の暴行の間隙をぬつて宮園善夫ともども福山貴彦に対し損害賠償を求めるような格好になつていること(証人山之内一路、同福山貴彦(第一回)の当公判廷における各供述、医師中村望作成の診断経過書謄本参照)。

(3)  被告人自らも、福山貴彦に対し、「償いをするよう。スナツク公園にかわる店を斡旋して得た手数料はいくらか。確答がなければ自分は手を引く。外に出たらどんなことをするかわからない連中だ」という趣旨の発言をしている形跡のあること(証人福山貴彦(第一回)の当公判廷における供述参照)。

の諸事実が認められ、昭和四六年(わ)第三八五号山之内一路に対する恐喝未遂、傷害被告事件の第一回公判調書謄本中の山之内一路の供述記載部分、同人の検察官に対する供述調書謄本中にあるような、「その場で馬渡が一応脅せばやるだろうから脅せと言つた。そこで自分が庖丁をとつてきて脅した。」、「部屋の外で自分が脅すだけ脅せばあとは馬渡がなだめ役をするから心配はいらないと言つた。」旨の被告人と山之内一路との間に本事件直前各自の役割まで打ち合わせたうえで本件所為に及んだという確定的な共謀があつたというには疑問がある(被告人が福山貴彦に金を出させることにつき利害関係をもつているというような特段の事情は証拠上明確には存在しないし、山之内一路らも酒を飲んだきつかけに本件犯行を思いついたような形跡がある)けれども、被告人の居室における山之内一路らおよび被告人の各言動を全体的に考察すれば、被告人も山之内一路らの恐喝の企てに共犯者として加担したものと認めるのが相当である(現に、被告人は、本事件の終りごろの段階において、山之内一路を、戸外に出るよう指示したり、別室に引き下がらせたりしており、同人に対し統率力を有していたことは明らかで、同人が暴行等の所為に及ぶことを早期に阻止したうえで、別な機会を設けて福山貴彦との話し合いを続ける余地があつたはずである)。

以上の理由により、被告人および弁護人の前記各主張はいずれも採用できない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第六〇条、第二五〇条、第二四九条第一項に該当し、量刑について検討するに、被告人は、保護観察付執行猶予中(昭和四五年七月一四日鹿児島地方裁判所宣告、強姦致傷罪懲役二年、執行猶予三年)の身でありながら年下の共犯者らの無軌道な犯行に安易に加担し、被害者に肉体的精神的苦痛を与える事態を招いた点、その責任を軽くみることはできないけれども、被告人の立場からみれば判示のとおり、本件は偶発的犯行であつて自らは暴行脅迫の言動に及んでいないこと、事後において被告人の親族が被害者に三万円提供し謝意を示していること、被告人の家族関係等を考慮し、所定刑期範囲内で被告人を懲役八月に処し、同法第二一条により未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人に負担させることにする。

よつて、主文のとおり判決する。

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